着床前診断のなにが問題になっているのか
神戸のクリニックの医師が学会の指針に反して着床前診断を行なっているということで、日本産科婦人科学会から懲戒処分を受けたという報道がありました。
報道があまり詳しく説明していないこともあって、ネットでは問題点を誤解している意見が多くみられているようなので、この件について解説します。
[toc]
着床前診断とは
着床前診断と着床前スクリーニングの違い
言葉遊びみたいでわかりにくいのですが、
「着床前診断」というのは夫婦に染色体・遺伝子異常があって、受精卵にその異常があるかを調べるものです。
「着床前スクリーニング」というのは、何かひとつの異常を調べるのではなくて、どこかに異常がないか染色体全体を調べるものです。
この記事では両方合わせて着床前診断という感じで使っていますが、必要な時はどちらのことを言っているのかわかるようにしたいと思います。
着床前診断の方法
着床前診断をするためには当然体外受精が必要になります。これがひとつの問題点となります。
受精して3日目の8細胞胚になったところで、細胞を1個取り出して染色体・遺伝子の検査をします。1個だけでは正確でないことがあるので2個取る場合や、胚盤胞になってから複数の細胞を取ることもあります。
海外での着床前診断
ドイツ、スイスなどでは着床前診断は法律で禁止されています。
イギリス、フランス、スペインなどでは法律で規制があります。
アメリカでは規制はありません。
ヨーロッパ不妊学会の報告では1000人以上の赤ちゃんが着床前診断を受けて生まれていますが、今のところ異常が増えるということはないようです。
日本での着床前診断
日本で着床前診断を行うには、日本産婦人科学会から施設認定されることが必要です。第三者機関による遺伝子カウンセリングの後、日本産科婦人科学会に申請して承認される必要があります。
着床前診断の対象として認められているのは
- 重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある、遺伝子ならびに染色体異常を保因する場合
- 均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産
とされています。
均衡型染色体構造異常というのは、染色体が欠けたり多かったりということはないのですが、染色体の一部が本来ある場所と違うところにある異常のことで、妊娠しても60~70%くらいで流産になる可能性があります。流産にならない可能性もあるので何回か妊娠するうちには流産にならないことが期待できます。
着床前診断をしたのと、自然に妊娠を重ねたので、最終的に赤ちゃんを産める確率は変わらないという報告があります。なので、リスクがあって費用かかる体外受精をしてまで着床前診断をすることに疑問を持っている人もいます。
着床前診断により流産を経験する苦痛を減らせるのであればやる価値があると考える人もいます。
メリット・デメリットをよく理解した上で行うのが重要です。
何が問題となったのか
日本産科婦人科学会は「着床前スクリーニング」をすることを認めていません。
今回は日本産婦人科学会の承認をもらわずに「着床前スクリーニング」を行なっていたことが、以前から指摘されていたにもかかわらず、改善されなかったので懲戒処分となったのです。
日本は法律で禁じられているわけではないので、刑罰を受けるわけではありません。
夫婦の染色体に異常がなくても、受精卵に染色体異常が起きて流産になることはよくあります。特に年齢が高くなればその可能性が高くなります。
着床前スクリーニングによって流産となるような異常がない受精卵を選んで戻すことによって、流産率が低くなることが期待されます。
海外ではこのような着床前スクリーニングが行われているところもあり、スクリーニングの精度が高くなったことで、流産率が低くなったという報告も増えています。
また十分なデーターがあるわけではなく、生まれた子供が成長しても異常がないかともに今後の検討が必要です。
まとめ
一般の人や生命倫理の専門家の人などがいろいろな意見を持つのは当然だとおもいますが、羊水検査や母体の血液で胎児の染色体検査をして、結果によって中絶するのが容認されている現実を考えると、産婦人科医が着床前診断を「命の選別につがなる」とか言って否定するのはどうかと思います。
着床前スクリーニングについては、しっかり検討して、承認を受ければ行なってもいいのか、禁止にするのか決めることが望まれます。